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giovedì, gennaio 22, 2004

寝るべし

>研究グループは、一時的に蓄えられた記憶が、睡眠中に再活性化され、記憶として整理される過程で、それまでの知識や記憶と相互作用し、ひらめきを促したと推論している。

>事前の学習なしに、ただ寝た後にゲームを行っただけでは、ひらめきに差はなかった。

http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20040122i501.htm

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domenica, gennaio 11, 2004

明日の運勢

> 【健康運】 100点 >★★★★★★★★★★
> とても好調です。もし、ケガをしたり病気を患うことが
> あっても名声や名誉と引き換えになるでしょう。

それって、好調って言うのかなぁ…

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venerdì, gennaio 09, 2004

悲しかったこと

昨日、ビードロを割ってしまいました。
高校の修学旅行で買ってきたもので、透明の本体部分に内側に向かってピンクと水色のトゲが入っていて、青い軸がついた、小さくてかわいいものでした(写真の、左から 2番目のやつ)。トゲの部分に入り込んだほこりを取ろうと思って小指のツメでこすっていたときに力を入れすぎたのです。でもあんなに簡単に割れると思わなかった。。
でね、私が私のものを壊してしまったら、まーそれはそれで残念だったという話なのだけれど、それは私が母にプレゼントしたものだったのです。母は「あらー、ばかねぇ。宝物だったのに。宝物だからお仏壇に飾ってたのに」と言いました。宝物。宝物を壊しちゃった私。
私のプレゼントを宝物だと思ってくれていたことがうれしいのと、その宝物を壊しちゃったことの情けなさと、壊れちゃった宝物がいつまでの宝物ではいられないだろうという不安で(つまり魅力がないものは大切にされなくなるだろうという)悲しくて悲しくて仕方がなくなって、昨日はずっと泣いてました。

やっぱりね、形って大切なのよ。形のないものは、形がないなりに大切にできる。でも形があるものの形がなくなってしまったときに、形がなくならなくても醜くくずれてしまったときに、それでもみんな大切にしていてくれるのかな。あたしは大切にできるのかな?わからない。自信がない。自分を含めて、人を信用していないということかもしれない。だけど「汚れちゃったから捨てましょう」とか「壊れちゃったからいらないわね」って、よく聞くよね。
うちの隣には大切にしてる松の木があって(今にも枯れそうなみすぼらしい松なんだけど)、その松が切られないように運動をしていたのですが、切らないかわりに昨日移植が行われたのね。大きな松だけれど、根がほとんどなくて、もしかしたら移植に耐えられないかもしれない。あの松がもし枯れたら、あたしはどうかしちゃうかもしれない。でもあの松がもし根付いて、そしてそれなのにみんなに大切にされなかったら、それも我慢できない。

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sabato, gennaio 03, 2004

あけました

年が変わって、いや変わる前から書こうと思ってたことがいっぱいあるのだけれど、とりあえずどうでもいいことを書きます。
部屋の片付けをしてたらレシートが出てきたのね。感熱の字が消えちゃいそうだったので、とりあえずチロリン♪
20世紀最後のレシート(なんで今頃…)。ま、20世紀最後かどうかはわからんが、少なくともRoyalHost若柴店では20世紀最後に吐き出された、レシート。って、今見たんだけどわかんないね。こりゃ。本当に字が消える前にコピっとこう。

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