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venerdì, luglio 25, 2003

ゆめ

なんか、すごい夢を 2つ見た。
ひとつめは
ちょっと前まで好きだった人と、病院の新生児室のようなところでセックスしようとしてる夢。でもしない。あたしが、泣いて、したくないと拒んだから。服を着てたかどうかは覚えてない。なんかねぇ、「新生児室ような」というのは、大の大人が寝るにはあまりにも小さすぎるベッド(というよりも木の箱)がたくさんならんでたからそういう印象になってるんだと思う。で、さらし者状態で、何組かのカップルがその中でセックスしてたような気がする。

もうひとつは、
道を歩いていてある集団の中を通り抜けたときに、なんだか恐怖を感じて走り出したの。そしたらその中の若い男の人が追いかけてきて(かなり危険な形相をしてた)、一生懸命走って逃げて家の中に逃げ込んだ夢。ドアノブを必死に握って回して開けられないように頑張ってるんだけれど、外と内でガチャガチャ回してるからドアがぴったりしまらなくて、鍵がかけられなくて、ドアが浮いた瞬間に間に手を入れられてこじあけられそうになる。でもなんとかチェーンロックをかけて、進入は防げた。その玄関はうちの玄関じゃないのだけれど、自分の家で、母が奥で寝ていることもわかっていて、必死で母を呼ぶの。絶対起きてくるはずなのに、何度呼んでも起きてこなくて、おかいしいなと思ってもっと大きな声で呼ぼうとした時に、本当に声が出たことに気づいて目が覚めた。

なんか、どっちもめちゃなまなましくって意味深で、だれか夢占いしてくれないかな。

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martedì, luglio 08, 2003

後悔

やっちゃった後悔と、やらなかった後悔。どっちが大きいんだろう。
あたしは昔、少なくとも何もしなかったら「やっちゃって取り返しのつかないことをした」という後悔もないものだ、と思ってたんだけど、「『何もしない』をやっちゃって、取り返しがつかなくなってしまう」って状況もかなりたくさんあるんだってことがわかってきた。伝えなくちゃいけないことがあったのに、伝えないでいたら二度と会えなくなってしまったとか、どうしても守りたいものがあったのに、行動しなかったために失ってしまうとか。そして、やらなくて後悔する場合とやって後悔する場合では、やらなかったときの方が失うものが大きい、やって後悔した方が得るものが大きいことが多いってことにも気づいた。たくさん取り返しのつかないことをして、たくさん失ってから。

よく、先生は「やりすぎなぐらいやりなさい。じゃないとどこまでできるかわからないから。」と言う。そうなんだ。やっちゃった後悔は、次回力の加減ができる。やらなかった後悔は、次回がんばっても、それでも足りないかもしれない。。。
そこまでわかっているのに、あたしはまた後悔をしようとしている。あたしはまた、できるかもしれない行動を起こさないで、後悔がやってくるのを待っているんだ。大事なものを失ってしまうのがわかっていて、黙ってるんだ。動けミヤコ。自分を甘やかすな。
人は前世でできなかったことをちゃんとできるようになるために、生まれ変わるのだそう。あたしは、永遠に転生を繰り返して、永遠に後悔を繰り返すのかしら。

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sabato, luglio 05, 2003

疑心暗鬼

自分の中で、いろんなところで、疑心暗鬼に出会う、このごろ。

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